『ツァラトゥストラ』などの著作の中で「神は死んだ」と宣言し、西洋文明が始まって以来、特にソクラテス以降、哲学・道徳・科学を背後で支え続けた思想の死を告げた。しかしソクラテス以前のギリシャに彼は終生憧れていたことを否定することはできない。
それまで世界や理性を探求するだけであった哲学を改革し、現にここで生きている人間それ自身の探求に切り替えた。自己との社会・世界・超越者との関係について考察し、人間は理性的生物でなく、キリスト教的弱者にあっては恨みという負の感情(ルサンチマン)によって突き動かされていること、そのルサンチマンこそが苦悩の原因であり、それを超越した人間が強者であるとした。さらには絶対的原理を廃し、次々と生まれ出る真理の中で、それに戯れ遊ぶ人間を超人とした。
すなわちニーチェは、クリスチャニズム、ルサンチマンに満たされた人間の持つ価値、及び長らく西洋思想を支配してきた形而上学的価値といったものは、現にここにある生から人間を遠ざけるものであるとする。そして人間は、合理的な基礎を持つ普遍的な価値を手に入れることができない、流転する価値、生存の前提となる価値を、承認し続けなければならない悲劇的な存在(喜劇的な存在でもある)であるとするのである。だが一方で、そういった悲劇的認識に達することは、既存の価値から離れ自由なる精神を獲得したことであるとする。その流転する世界の中、流転する真理は全て力への意志と言い換えられる。いわばニーチェの思想は、自身の中に(その瞬間では全世界の中に)自身の生存の前提となる価値を持ち、その世界の意志によるすべての結果を受け入れ続けることによって、現にここにある生を肯定し続けていくことを目指したものであり、そういった生の理想的なあり方として提示されたものが「超人」であると言える。
ニーチェの思想はナチスのイデオロギーに利用されたが、ニーチェの思想がナチズムや反ユダヤ主義と相容れないものであるという主張は、ジョルジュ・バタイユをはじめピエール・クロソウスキー、アンドレ・マッソン、ロジェ・カイヨワらによるフランス側での同人誌『無頭人(アセファル)』(1936年 - 1939年)などが有名である。 そもそもニーチェは、反ユダヤ主義に対しては強い嫌悪感を示しており、妹のエリーザベトが反ユダヤ主義者として知られていたベルンハルト・フェルスターと結婚したのち、1887年には次のような手紙を書いて叱責している。
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“ お前はなんという途方もない愚行を犯したのか――おまえ自身に対しても、私に対してもだ! お前とあの反ユダヤ主義者グループのリーダーとの交際は、私を怒りと憂鬱に沈み込ませて止まない、私の生き方とは一切相容れない異質なものだ。……反ユダヤ主義に関して完全に潔白かつ明晰であるということ、つまりそれに反対であるということは私の名誉に関わる問題であるし、著書の中でもそうであるつもりだ。『letters and Anti-Semitic Correspondence Sheets』[11]は最近の私の悩みの種だが、私の名前を利用したいだけのこの党に対する嫌悪感だけは可能な限り決然と示しておきたい。
”
また、1889年1月6日ヤーコプ・ブルクハルト宛てのおよそ気が確かだと思われる最後の書簡は、「ヴィルヘルムとビスマルク、全ての反ユダヤ主義者は罷免されよ!」で結んである。主著『善悪の彼岸』では「ドイツ的なもの」とその喧伝者への批判に一章を割き、死後に刊行された草稿ではドイツ人のいう「偉大な伝統」なるものを揶揄して「ユダヤ人こそがヨーロッパで最も長い伝統をもつ、最も高貴な民族である」と、さらには「反ユダヤ主義にも効能はある。民族主義国家の熱に浮かされることの愚劣さをユダヤ人に知らしめ、彼らをさらなる高みへと駆り立てられることだ」とまで書いている。にもかかわらずナチスに悪用されたことには、ナチスへ取り入ろうとした妹エリーザベトが、自分に都合のよい兄の虚像を広めるために非事実に基づいた伝記の執筆や書簡の偽造をしたり、遺稿『力への意志』が(ニーチェが標題に用いた「力」とは違う意味で)政治権力志向を肯定する著書であるかのような改竄をおこなって刊行したことなどが大きく影響している。
しかしながら、ルカーチ・ジェルジや戦後に刊行のトーマス・マンの、ニーチェをモデルにした小説『ドクトル・ファウストゥス』において、ニーチェをナチズムと結びつけて捉えるべきかのように示唆する観点をもつ研究者や作家も存在する。
ニーチェは次のようにも言っている。 「子を産むことが一つの犯罪となりかねない場合がある。 強度の慢性疾患や精神薄弱症にかかっている者の場合である。・・・ 社会は、生の受託者として、生自身に対して生のあらゆる失敗の責任を負うべきであり、 またそれを贖うべきである、したがってそれを防止すべきである。 しかもその上、血統、地位、教育程度を顧慮することなく、最も冷酷な強制処置、自由の剥奪、 事情によっては去勢をも用意しておくことが許されている。」(『力への意志』734)
ナチスはユダヤ人虐殺以前に、障害者を強制「断種」して、 その後、精神病院にガス室をつくって障害者を多数「安楽死」させていた。上記のニーチェの思想はナチスの行為を正当化するものでもあった。
ニーチェの哲学がそれ以後の文学・哲学に与えた影響は多大なものがあり、影響を受けた人物をあげるだけでも相当な数になるが、彼から特に影響を受けた哲学者、思想家としてはハイデガー、ユンガー、バタイユ、フーコー、ドゥルーズ、デリダらがいる。1968年のフランス五月革命の民主化運動も、バックボーンはニーチェ精神だった。